予測モデル、マーカー選抜、ジェノタイピング自動化によるイチゴ育種の高度化

日本では、北は宮城県から南は長崎県まで、全国各地の5,020 haで年間約159,200tのイチゴが生産されています1。生産量が最も多いのは栃木県で、年間22,000t以上を生産しています。2006年以降、イチゴの栽培面積が減少したため、総生産量は16.5%減少しましたが、10エーカーあたりの総収量は12.8%増加しています。


異質八倍体 (2n=8x=56) のイチゴ品種は約300年前に誕生しました2。栽培化されたイチゴ (Fragaria x ananassa) は19世紀初頭に長崎に伝来し、商用的な生産は1900年ごろから関東地方で始まりました。1899年、福羽逸人博士は「ジェネラル・シャンジー」という品種の実生から、日本の最初のイチゴ品種「福羽」を育成しました。「福羽」は6月初旬に実を着ける品種で、1904年に久能山で開発された冬季栽培法の主力品種として70年間栽培されました3。現在では、70以上の優れた品種が日本で栽培されています。しかしながら、優れた品種の交配が繰り返された結果、品種間の遺伝的類似性が高まり、革新的な優れた品質を生み出すことが難しくなってきています。


 ウェビナーオンデマンド
 Using genomic prediction models for crossbreeding strawberry plants
 イチゴ交配育種におけるゲノム予測モデルの活用

Sachiko_Isobe_brandedこのウェビナーでは、大規模なジェノタイピングによってデータ駆動型の育種プログラムを実行し、優れた革新的なイチゴ品種を生み出すブリーダーの能力を大幅に向上させるための方法をご紹介します。
どのように予測モデルが作成されたか、また定植するための幼苗の選抜にKASPを使用する利点を知ることができます。

磯部 祥子博士 かずさDNA研究所
植物ゲノム・遺伝学研究室 室長

 


革新的な品種を生み出す

優れた形質を持つ革新的な品種を生み出すには、従来の育種素材を分解し、異なる品種と交配することでゲノムを強制的に混合し、新たな集団を作り出すため必要があります。イチゴは複雑なゲノムを持つ八倍体の植物で、ゲノムサイズは1C = 708~720 Mbと推測されています。ヘテロ接合性が高いゲノムでは、複数の対立遺伝子が一つの遺伝子座に存在し、分離が二倍体の植物より複雑になるため、伝統的な育種法で成果を上げることは困難です。イチゴの子孫の形質は世代ごとに異なることがあり、育種プロセスにさらなる複雑さをもたらしています。

(公財)かずさDNA研究所 (KDRI) 植物ゲノム・遺伝学研究室 室長の磯部祥子博士と博士のチームは2か月問という短期間で何千もの植物を解析し、選抜するという課題の対処に着手しました。


データ駆動育種

KDRIチームはDNAシーケンシングにより集団内の複数の個体からSNPを発見するために、RAD-Seq (restriction-site associated DNA sequence) を用いたデータ駆動育種にフォーカスしました。RAD-Seqは全ゲノムシーケンシングに変わり、DNA中のSNPや挿入欠失変異を先入観なしに検出するための手法です。この方法は、ゲノム中に存在する制限酵素サイトの隣接部をシーケンシングします。いくつかの制限酵素を使用することにより、リファレンスゲノム情報を必要とせず、ゲノムのカバー率を高めることができます。
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RAD-Seqの主な利点は、全ゲノムシーケンシングと比較してコストを抑えながら、数万個の遺伝子座を調べることができることです。この方法では、まずゲノムDNAを制限酵素で消化し、バーコード付きアダプターを付加し、DNAを剪断しサイズ選択した後、増幅してシーケンシングします。ddRAD-seq (double digested RAD-Seq) はRAD-Seqの変法で、DNA剪断の代わりに2つ目の制限酵素で消化することで、サイズ選択ステップでの調節性と精度を高めることができます。目的の育種形質に関連すると同定されたSNPは、KASPマーカー (競合的アレル特異的PCRによるジェノタイピングアッセイ) に変換することで、費用対効果と選抜での使いやすさが向上します。

磯部博士は5つの主要なイチゴ研究機関の育種素材から研究に用いる集団を選びました。
研究機関:(国研) 農業・食品産業技術総合研究機構 (農研機構) 野菜花き研究部門、農研機構 東北農業研究センター、
     福岡県農林業総合試験場、栃木県農業試験場、千葉県農林総合研究センター


プロセス

ステージ1:圃場に定植した植物体の形質評価と、ddRAD-Seq法を用いたジェノタイピング
ステージ2:形質値とジェノタイピングデータおよびGWAS解析に基づく予測モデルの作成
ステージ3:形質値と予測モデル価の両方を使用した個体選抜
ステージ4:次世代の種子生産のための選抜した個体の交配
ステージ5:得られた種子を播き、圃場へ定植する前に目的の遺伝子型を持つ個体をSNPジェノタイピングにより選抜
ステージ6:選抜した苗を圃場へ定植

個体選抜において (ステージ5)、目的の形質に有意に関連している約30SNPを選択しました。ジェノタイピングはKASPジェノタイピングアッセイかターゲットアンプリコンシーケンシング (TAS) で行われました。

集団の遺伝子型構成は世代によって大きく変わるため、それぞれの世代で予測モデルを作成することが必要です。

チームは遺伝子型と形質を比較するための3つのアプローチを使用しました。

1.  予測モデルの構築:GBLUP-RR, Bayes B, Random Forest
2.  形質に関連したSNPの同定:GWAS
3.  ターゲットの形質値 (EGGS) を持つ個体を選抜するためのSNPを選択 (Bootstrapベースのアプローチ)

個体選抜に用いるマーカーの決定には、ゲノムワイド関連解析 (GWAS) あるいはEnsemble-based Genetic and Genomic Search (EGGS) 解析を用いた。EGGS解析は育種集団のジェノタイピングに必要なコストと時間を削減し、より少ないDNAマーカーでのモデル作成を可能にします。4週間でジェノタイピングする個体数は1,000から2,500です。精度とサンプル数およびコストの目標を達成するには、ハイスループットなシステムが必要でした。

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SSRからSNPへ

プロジェクト開始時 (2015年)、粗抽出DNAでも解析できる単純反復配列 (SSR) が解析に使われ、精製DNAが必要なSNP解析と比べると、SSRは抽出あたりのコストは安価でした。しかし、SSR解析は実験室での貴重な時間を膨大に必要とし、操作も煩雑でした。そこで低コストでハイスループットなDNA抽出のためのoKtopure™を導入することにし、現在ではイチゴを含む40の植物種からのDNA抽出に用いられています。

oKtopure™は、ハイスループットな自動化と、高品質・高収量な抽出を可能にする独自のsbeadex™磁気ビーズベースの抽出方法を組み合わせた、全自動核酸抽出プラットフォームで、ddRAD-Seqに必要な高品質高収量なDNA抽出も実現できます。oKtopureでの一貫した高品質で高収量なDNA抽出の鍵は、洗浄・結合・溶出ステップに必要なバッファーを移す間に、DNAを含む磁気ビーズを所定の位置に結合・保持する能力です。sbeadexを用いた抽出法では、最後の洗浄を水で行うため、SNPジェノタイピングやNGSシーケンシングなどの下流アプリケーションを阻害することなく、最適なDNAを提供することができます。オフラインのチップ洗浄機構を備えているため、チップを再利用できることにより、消耗品コストを最大50%抑えることができます。


ジェノタイピング法の比較

KDRIのチームはSNPジェノタイピングにKASPとターゲットアンプリコンシーケンシング (TAS) の両方を用いました。両者を比較すると、ハイスループットに関する能力とコストに関しては同等でしたが、バイオインフォマティクスツールによってTAS解析に差があることが確認され、チームのアプリケーションでは全体的にKASP™の方がTASよりも精度が高いと結論付けられました。

 
 “私たちはジェノタイピングにKASPとターゲットアンプリコンシーケンシングの二つのアプローチを使用しましたが、
   KASPの方が精度が高いことがわかりました”

   磯部祥子博士 かずさDNA研究所植物ゲノム・遺伝学研究室 室長
 


自動化によるスタッフの負担軽減と試薬コストの削減

通常、イチゴ苗のジェノタイピングは7月と8月に行われ、約30万反応を必要とするため、ラボとラボのスタッフに大きな負担がかかります。効率的にこのレベルのアウトプットを実現するために、チームはIntelliQube™を導入し、1日に3,072反応を行えるようになりました。IntelliQubeはアッセイの準備、プレートのシール、qPCR反応と検出を自動化した、全自動ハイスループットqPCRシステムです。IntelliQubeで採用されているArray Tape™技術により、データポイント当たりのコストは数円となります。

KDRIのチームでは、oKtopureとIntelliQubeを組み合わせて使用することで、期限までに必要なスループットが得られ、サンプリング時期ピークのラボスタッフの負担を軽減することができました。同時に、サンプル当たりの総コストも削減することができました。

磯部博士とチームのイチゴに関する研究についてもっと知りたい方は、ウェビナーをご覧ください。

磯部博士とチームの研究は内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム (SIP) 「スマートバイオ産業・農業基盤技術」
(管理法人:生物系特定産業技術研究支援センター) によって行われました。

 

関連情報

NGS solutions for polyploid plant breeding challenges

 

参考文献

  1. Japan CROPS. Accessed 26 January 2023. https://japancrops.com/en/crops/strawberry/
  2. Whitaker VM, Knapp SJ, Hardigan M, Edger PP, Slovin JP, Bassil N, Hytonen T, Mackenzie K, Lee S, Jung S, Main D, Barbey C, Verma S. A roadmap for research in octoploid strawberry. Horticulture Research. 7. DOI:10.1038/s41438-020-0252-1. Published 2020. Accessed 26 January 2023.
  3. Yoshida Y. Strawberry Production in Japan: History and Progress in Production Technology and Cultivar Development. International Journal of Fruit Science. 13:1-2, 103-113, DOI:10.1080/15538362.2012.697027. Published 2013. Accessed 26 January 2023.

 

 

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